運が悪そうで、でも結果的にすごくついていた怒涛の一か月を送った人の話し
- 2014/09/27
- 22:27
最近聞いた、一見とても運が悪そうなのに、実は結果的にすごく良かった怒涛の一か月を送った人の話しです。
つい最近のこと。
60代のYさんは、すでに会社を退職し委託社員としてはたらく日々を送っていました。
が、ある日とつぜん、会社で大量の吐血をしました。
会社の人たちが慌てて救急車を呼び、Yさんは近くの市立病院へと搬送されました。
吐血の量はなんと、どうやって量るのか7リットル!
大変な量の吐血にしばらく入院することになりました。大好きな酒が悪かったのか、一日2箱以上も吸うたばこが悪かったのか悩みながらの入院です。
原因は食道部。
縦に三か所も亀裂が入り、そこから出血したのでした。
数日の入院の後、胃カメラで見るとその傷口もきれいにふさがれたことが確認でき、無事に退院することになりました。
ただ、担当医師が、ちょっと気になる、と、胃の粘膜を数か所取り、精密検査へと回したのです。
そして退院してたった一日後、また病院へ来るようにと呼び出されました。
そして告げられたのは、
胃がん。
三か所とった検体の三か所ともからガンの反応があり、がんが確定してしまいました。
ただ、普通のバリウムや胃カメラでも探すのが難しいほどの初期の胃がんだったそうです。
ですから早く摘出手術をするように医師からうながされました。
手術は胃の全摘手術です。胃を全部取ってしまうという衝撃的な言葉に、Yさんはショックを受けました。
「ガン?そんなものあるわけがない」
すでに体調は絶好調になり、吐血した原因の亀裂部もすっかりよくなったのですから、なんの症状もないガンの宣告は、受け入れられなかったようです。
息子の結婚式も3週間後に控えていたため、結婚式が終わってからと懇願しましたが、その前に手術をすることをすすめられ、結局数日後の土曜日、再び入院。そのあくる週の月曜日には手術で胃を摘出することになりました。
そしてあれよあれよという間の胃がんの手術。
そして12日後、手術は成功し、少しずつ食べる練習、歩く練習を始め、そろそろ退院後の食事の指導などを受けていた時のことです。
「お母様が危篤です。」
91歳になるYさんのおかあさんが入居している老人ホームから、様態が急変したと連絡がありました。
もう息つく暇もないとはこのことです。Yさんの奥さんが急いでホームへと向かいましたが、間もなく亡くなりました。となると今度はお葬式をせねばなりません。
Yさんは悩みましたが、家族で話しをし、退院を早め、自分が葬儀の喪主になることにしました。
手術から丁度2週間後におばあちゃんの葬式です。
Yさんはおばあちゃんの最期を、自分の手で送ってやりました。
そしてその週の日曜日には、息子の結婚式を無事にあげることができました。
なんと忙しい1か月だったのでしょう。お見舞いに来た人が、次の日にはお香典を持ってくるという状態で、親せきも目を白黒させていたようです。
一か月で人生で何度あるかわからない出来事がまとめて来たって感じですね。
いろいろありながらも、Yさん、運がよかったと思いませんか?
吐血はしたけど→ガンを初期で発見できた
ガンの手術をしたけど→かなりギリギリの日程でお母さんの葬式に参加できた
おばあちゃんは亡くなったけど→息子の結婚式は挙行できた
すべてギリギリの日程で、すべてが一日、二日前後したら、どうなっていたか分からないのです。
ガンの手術がもっと遅かったら、もしくはお母さんのなくなる日が早かったら→葬式は息子にまかせ、自分は病院の中
お母さんのなくなる日が遅かったら→息子の結婚式は延期
そしてなにより、吐血というショッキングな出来事はあったものの、それにより直接胃カメラにより目視できたため、ごく初期の段階のガンの発見を可能にした。そして医師もその微妙な胃壁の変化を見逃さず調べてくれた、ということが、一番大きかったのではないのでしょうか。
人生その微妙な歯車のぐあいで、何がどうかかわってくるかわかりません。
その経過を、逐一そのYさんの奥さんから聞くたびに、不思議なタイミングに感嘆していました。
神のちから?
あ、彼の場合お酒やたばこの神のちから?(笑)
人生、いろんなことがあるから、不思議です。
つい最近のこと。
60代のYさんは、すでに会社を退職し委託社員としてはたらく日々を送っていました。
が、ある日とつぜん、会社で大量の吐血をしました。
会社の人たちが慌てて救急車を呼び、Yさんは近くの市立病院へと搬送されました。
吐血の量はなんと、どうやって量るのか7リットル!
大変な量の吐血にしばらく入院することになりました。大好きな酒が悪かったのか、一日2箱以上も吸うたばこが悪かったのか悩みながらの入院です。
原因は食道部。
縦に三か所も亀裂が入り、そこから出血したのでした。
数日の入院の後、胃カメラで見るとその傷口もきれいにふさがれたことが確認でき、無事に退院することになりました。
ただ、担当医師が、ちょっと気になる、と、胃の粘膜を数か所取り、精密検査へと回したのです。
そして退院してたった一日後、また病院へ来るようにと呼び出されました。
そして告げられたのは、
胃がん。
三か所とった検体の三か所ともからガンの反応があり、がんが確定してしまいました。
ただ、普通のバリウムや胃カメラでも探すのが難しいほどの初期の胃がんだったそうです。
ですから早く摘出手術をするように医師からうながされました。
手術は胃の全摘手術です。胃を全部取ってしまうという衝撃的な言葉に、Yさんはショックを受けました。
「ガン?そんなものあるわけがない」
すでに体調は絶好調になり、吐血した原因の亀裂部もすっかりよくなったのですから、なんの症状もないガンの宣告は、受け入れられなかったようです。
息子の結婚式も3週間後に控えていたため、結婚式が終わってからと懇願しましたが、その前に手術をすることをすすめられ、結局数日後の土曜日、再び入院。そのあくる週の月曜日には手術で胃を摘出することになりました。
そしてあれよあれよという間の胃がんの手術。
そして12日後、手術は成功し、少しずつ食べる練習、歩く練習を始め、そろそろ退院後の食事の指導などを受けていた時のことです。
「お母様が危篤です。」
91歳になるYさんのおかあさんが入居している老人ホームから、様態が急変したと連絡がありました。
もう息つく暇もないとはこのことです。Yさんの奥さんが急いでホームへと向かいましたが、間もなく亡くなりました。となると今度はお葬式をせねばなりません。
Yさんは悩みましたが、家族で話しをし、退院を早め、自分が葬儀の喪主になることにしました。
手術から丁度2週間後におばあちゃんの葬式です。
Yさんはおばあちゃんの最期を、自分の手で送ってやりました。
そしてその週の日曜日には、息子の結婚式を無事にあげることができました。
なんと忙しい1か月だったのでしょう。お見舞いに来た人が、次の日にはお香典を持ってくるという状態で、親せきも目を白黒させていたようです。
一か月で人生で何度あるかわからない出来事がまとめて来たって感じですね。
いろいろありながらも、Yさん、運がよかったと思いませんか?
吐血はしたけど→ガンを初期で発見できた
ガンの手術をしたけど→かなりギリギリの日程でお母さんの葬式に参加できた
おばあちゃんは亡くなったけど→息子の結婚式は挙行できた
すべてギリギリの日程で、すべてが一日、二日前後したら、どうなっていたか分からないのです。
ガンの手術がもっと遅かったら、もしくはお母さんのなくなる日が早かったら→葬式は息子にまかせ、自分は病院の中
お母さんのなくなる日が遅かったら→息子の結婚式は延期
そしてなにより、吐血というショッキングな出来事はあったものの、それにより直接胃カメラにより目視できたため、ごく初期の段階のガンの発見を可能にした。そして医師もその微妙な胃壁の変化を見逃さず調べてくれた、ということが、一番大きかったのではないのでしょうか。
人生その微妙な歯車のぐあいで、何がどうかかわってくるかわかりません。
その経過を、逐一そのYさんの奥さんから聞くたびに、不思議なタイミングに感嘆していました。
神のちから?
あ、彼の場合お酒やたばこの神のちから?(笑)
人生、いろんなことがあるから、不思議です。